四国の南東に位置する阿波の国が「私のまち」

四国八十八カ所の四国一番 霊山寺が天平年間、行基菩薩の開基と伝えられ、弘法大師が四国霊場開創発願のために当地に訪れ願をたてお参りをする寺と聞いています。 特にお遍路さんは、ここで満願成就を祈願し四国巡拝を始めます。この地には撫養街道沿いに昭和の南海地震に耐えた角屋(かどちに位置する)と称される当地の門前 登録有形文化財の建築物、旧街道と参道の交差点には「四国第一番」「霊場霊山寺」と彫られた石柱が2本立ち、周辺にはにわかには信じがたいほど情緒ゆたかな街並みを現し、切妻平入の町屋が点在するなど、当時の たびやど、だがしや、くすりや、おけや など、多くの「みせや」行き交う人でにぎわう門前町として大いに栄えていたことを物語っております。

この風情のあるまちなみがあることが自慢であり、この伝統的住宅造りを守り保存活用すること、古民家再生/再築/活用することが私の未来の仕事であり、課題であり、子どもたちに伝えていくことが大切な役目だと心を躍らせています。

この地の建物の特徴は、木造中2階建て入母屋造り本瓦葺きが多く、近隣の延焼防止対策としての役目と華やかさを兼ね備え、外部装飾に軒先化粧漆喰垂木、ケラバ瓦には一文字漆喰化粧形塗り、化粧漆喰軒桁、虫籠窓(むしこまど)などをあしらい、地域住民の縁どころとして地域活性化、地域環境保全に役立っています。このような当時の職人の匠、頑固さを見せつけるような素敵な町を少しでも永く保存活用に努めたい、撫養街道と四国遍路道の案内人として古民家再生と伝統再築士会に必要な“ひと”になってゆきたいと思うばかりです。

これまで多くの建物を造り、たくさんの人と関わり、つくりあげてきたものを、未来の子どもたちに継承し、託すことで日本の伝統技術を絶やすことなくより一層輝きを放つものに仕上げていく役割を担い、日々邁進していきます。

一般社団法人日本伝統再築士会徳島支部 支部長 福井 政人